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  •  柳川には山がありません。
  •  観光案内などには「へそくり山」とありますが、桜の名所としても知られる柳川城址にある小高い丘のこと。柳川城は、城の周囲に水路を縦横に張り巡らせた九州屈指の難攻不落の城と讃えられ、鶴が舞うように美しいという城のシルエットから、別名舞鶴城とも呼ばれていました。しかし、明治5年に原因不明の火によって、天守を含め本丸・二の丸は焼失してしまいます。大蔵省の管理となったり、私有地となったりという紆余曲折の後、昭和3年、城趾・城濠の一部は「柳城公園」として保存され、「へそくり山」もこの時に造成されました。本丸・二の丸付近は柳川高校と柳城中学校のキャンパスとなっています。
  •  昨年に続いて、この春、地元高校生や市民にみなさんが合板に描いた天守閣が再現され、期間中ライトアップもされ、在りし日の柳川城が蘇る出来映え。見渡す限り広がる筑後平野。天守閣から、歴代の城主たちはどんな風景を見たのでしょうか。




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  •  柳川で眺めのいい建物といえば、川下りコースの途中にある、掘割から見上げると、かっぱの顔をした「かんぽの宿」です。
  • この最上階から掘割や、御花を見ると、まるで森のような風景が広がります。詩聖北原白秋が「水郷柳河こそは、我が生れの里である。この水の柳河こそは、 我が詩歌の母體である。 この水の構図、この地相にして、 はじめて我が體は生じ、 我が風は成った。」(『水の構図』)
  •  と、表するほど柳川をこよなく愛しました。白秋の遺構となった、この文章は、『水の構図』に記された序文です。当時はセンセーショナルだった写真に詩を添えたこの写真集には、故郷柳河の風景がモノクロームの世界で広がっていますが、その中にも、柳の古木が枝を垂らす鋤崎土手などの、木々豊かな掘割の写真があります。
  • 色にして
  • 老木の柳うちしだる
  • 我が柳河の
  • 水の静けさ
  •  老木の横をどんこ舟で行く時は、静かな時間が流れます。木の成長が優先とあって、枝の下をくぐる場所も。春は、色とりどりの花を愛でる楽しみも多い川下りです。

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  •  もうひとつは、主に干拓地一面に広がる田畑にそびえ立つ、JA柳川のカントリーエレベーター。米の収穫時期に、農家の人々が稲刈りをした「もみ」を持ってきて、それを乾燥・調製し保管する施設です。一般の人ははいることはできませんが、高層の建物が少ない柳川で、一際高いその上から見ると、柳川の春の風物詩、一面の青い麦の畑が見えます。柳川は、米と麦と大豆の一大産地なのです。
  •  JA柳川管内で、県下一の約2,500haもの麦が栽培され、品種は麺用の「シロガネコムギ」、主にパン用の「ミナミノカオリ」の2種類。小麦の国内自給率は、13%という小麦ですが、国産小麦が、ここ柳川では栽培されています。5月下旬に、麦が熟して黄金色に染まる風景を、春なれど「麦秋」とよびます。この、一面が黄金色に染まる季節、風に麦の穂が波打つ様子は、まるで映画の1シーンのよう。麦狩りの後、カエルが鳴き出して梅雨の気配になると、さあ、柳川も田植えの季節です。



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表紙スライドショーの写真のご紹介

3月・弥生
梅、桃、桜と花々に彩られる春の柳川です。
毎年恒例となった春のお楽しみ、水郷柳川ゆるり旅/4月3日まで華やかに町を彩るさげもんめぐり/さげもんめぐりのメインはおひな様素性パレード/人気となったおもてなしマラソン/掘割沿いの木々も新緑の時を迎えます/通称「へそくり山」にはパネルの柳川城が復元されました


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