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  •  柳川出身の日本を代表する詩人 北原白秋。18歳までを柳川で過ごしますが、文学の道を志し、中学伝習館を中退後、上京します。早稲田大学に入学した白秋は、生涯にわたり日本を代表する多くの文壇たちと交わりました。
  •  早稲田大学時代、「射水」と号を称した白秋は、若山牧水や、中林蘇水らと親しくし、「早稲田の三水」と呼ばれました。牧水とは同じ九州出身ということもあり、下宿先も二度同じくし、特に親交を厚くしました。
  •  若山牧水は、「幾山河越えさり行かば寂しさの終てなむ国ぞ今日も旅ゆく」「白鳥は哀しからずや空の青海のあをにも染まずただよふ」などの歌で知られ、第三歌集『別離』で、一躍歌壇の花形となった戦前の国民的歌人です。旅を愛し、酒を愛し、自然を愛した牧水の歌は、青春時代の寂しさや喜びを謳歌した抒情的な歌が多く、自然主義の歌人と言われました。
  •  白秋と牧水との出会いは、明治37年4月。早稲田大学に入学し、同級生となった二人は教室で出会います。同じ九州出身という身であり、文学にも興味を持っていた二人はすぐに意気投合し、交友を深めました。白秋が牧水の旧居に泊まったり、小田原に住んでいた白秋を、牧水が家族連れで訪れたりするほどの仲でした。
  • 牧水は、昭和3年(1928)、43歳の若さで亡くなりました。告別式で白秋は、自然を愛し、旅を愛し、酒を愛した牧水に歌人を代表し弔辞を述べました。
  •  生涯に9000種ほどの短歌を詠み、旅を愛した牧水らしく、全国に300基余りの歌碑も建てられています。




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  •  北原白秋を童謡作家としても花開かせたのは、他ならぬ山田耕筰とも言えます。
  • 山田耕筰は、日本の作曲家、指揮者で、日本初の管弦楽団や、交響曲を作るなど、日本においての西洋音楽の普及に貢献し、また、欧米でも名前を知られた日本人音楽家です。日本語の抑揚を活かした多くの曲を残しました。
  •  二人は黄金コンビと言われ、数々の傑作を生み出し、童謡、校歌、社歌などその数は実に360余りにものぼります。誰もが一度は耳にしたことのある「この道」や「からたちの花」も二人によってつくられた曲です。
  •  この「からたちの花」は、白秋が子供の頃、家の裏の畑を通り、学校へと続く道沿いに咲いていた、からたちの垣根の思い出を綴った詩です。この詩を白秋から受け取った山田耕筰は、自分の子供の頃の思い出と重ね合わせ、わずか数分で曲をつけたと言います。父を亡くし、9歳から13歳までを自営館という夜学のある印刷工場で過ごした耕筰。工場の敷地は、からたちの垣根で囲まれ、秋になると黄色い丸い実をつけました。耕筰は、そのすっぱい実を食べて飢えをしのいだのでした。二人の子供の頃の思い出から生まれたこの歌は、今も語り継がれる名曲となりました。

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  •  北原白秋などに評価を受け、装丁家としての地位を確立した恩地孝四郎。
  • 創作版画の先駆者の一人でもあり、日本の抽象絵画の創始者ともされ、油絵、水彩、素描、写真、詩など様々なジャンルで多くの作品を残しました。64歳で亡くなるまでの10年間に制作した抽象版画は、海外でも高い評価を受け、ボストン美術館や大映博物館など、世界の名だたる美術館に収蔵されています。
  •  白秋と幸四郎は、小田原に住む白秋の家の近くに、孝四郎が引っ越してきたことから急に親しくなります。大正6年に白秋の弟 鉄雄が出版社アルスを設立すると、白秋はそれまで自分で手がけていた作品の装丁を、孝四郎に依頼するようになりました。アルスでの初仕事「白秋小唄集」以降、様々な装丁を手がけた孝四郎は、綿ビロードに植物の模様を金箔押しするなど「おんじ式」という独自のスタイルを確立し、「白秋全集」の装丁を手がけたことで、装丁家としての地位を確立しました。
  • 昭和3年、大阪朝日新聞社が企画した、大刀洗飛行場から大阪までの芸術飛行にも同行し、20年ぶりに故郷を訪れた白秋とともに沖端にも訪れました。初めて飛行機に乗った孝四郎は、その感動を自身も「飛行官能」として作品に残しました。
  •  白秋が亡くなった際、孝四郎によりデスマスクも作成され、白秋の命日11月2日、北原白秋生家・記念館にて展示されています。柳川市の白秋詩碑苑に建てられた帰去来の歌碑や、東京府中市多磨霊園にある白秋の墓の制作にも協力するなど、その関係は生涯に渡り続きました。



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表紙スライドショーの写真のご紹介

6月・水無月
カッパを着て雨の川下り、掘割沿いのアジサイにと梅雨の楽しい夏の柳川へ。
生涯の親友となった恩地孝四郎と白秋/山田耕筰と北原白秋の思い出が詰まったからたち/6月上旬まで椛島菖蒲園の花菖蒲は見頃です/初夏を迎えた有明海の干潟では求愛ダンスを踊るムツゴロウの姿でいっぱいになります/たわわに実った麦も刈り取りの時期を迎えます/夏至の夜は眞勝寺で灯明の夜を


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